報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和57年1月8 

上には上がある


 Oさんは投げ釣りの名手だ。持ち前の器用さとねばり強さで、今や徳島を代表する名キャスターといっても過言ではない。だが、Oさんが今の腕前になるには、何人かの先輩に負うところも大であった。Oさんは、その先輩達の技術を、素直に受け入れたのである。他人の持っている「良さ」を吸収するのは、一見何でもないことのようだが、実は大変難しい。早い話が、同じ話を聞いても、うかつに聞いていた私と熱心に聞いていたOさんとではこんなにも差が開いてしまった。

 ある時、Oさんが感心した面持ちで語りかけた。
 「名人といわれるほどの人は、どこか違うもんですなあ。ついこの間、鱗友サーフの松本(恒夫)さんの左の親指のツメを見てびっくりしましたワ」
 松本さんはかって報知キス投げ釣り名人位を持っていたほどの大ベテランである。
 ある大会で一緒になり、隣り合わせで釣っていた時、ふと見るともなく見ていると、どうも松本さんのゴカイのエサ付けが速いのだ。よく見ると、松本さんの左親指のツメが異様に長い。しかもこのツメは鋭く研がれていて、ハリに刺した石ゴカイの余りを人さし指の腹の上で、いとも簡単に切っているのだ。
 普通だと、石ゴカイを手で切ると、プチンと中から体液が飛び出してうまく切れない。かといって、ハサミを使うのは面倒だが、この方法だと、細工は速くてスマートで完ぺきだ。

 この話を聞いて私も感心した。早速、後日松本さんに会って確かめさせてもらった。松本さんは別に自慢もせず、むしろ恥ずかしげにこういった。
 「私も、われながら名案やと思うてたけど、上には上がありまっせ。私のはカッターやけど井内(登)さんのはノコギリでっせ。あの人は大工さんやから、そら、目立てするのは得意やろうけども・・・」 井内さんもヒゲサーフに籍を置く徳島県下で有数の投げ釣りマン。過去に何度か報知キス準名人の座も獲得した。大工さんなら目立てはお手のもの。大いに笑い飛ばしたところで私は松本さんと別れた。  

 更に数日後、Oさんにこのことを話した。Oさんもこの話を松本さんから聞いていた。ただ、単に「冗談」だと思っていた私と違う点は、Oさんはこれを「実話」として受け止めていたのだ。つまり、井内さんは、大会前、本当にツメの目立てをしているのだ。事実、Oさんもその通りにしてみたら(Oさんも大工さん)カッターよりは、ノコギリの方がはるかによく切れたという。

 読者諸氏も一度お試しになってみてはいかが。ただし、誤ってツメで指を切ってしまっても、私は責任が持てないから“ゴカイ”のないように。

                                 (報知APG・高橋 康生)


筆者からひとこと