報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年10月26日
伝えることのむずかしさ
今月17日、本社主催の「報知釣り教室」は、「阿波グレ釣法」と題して私が担当した。講義時間は1時間半、質疑応答約半時間。内容の配分はあらかじめ決めておいた。定員250人の席に350人。京阪神はもとより、和歌山、奈良、遠くは島根からも聞きに来てくれていると聞いて、責任・・・というよりは使命感を覚えた。
阿波という、釣り好きどもがウヨウヨしている土壌の中で生まれ、はぐくまれてきた「阿波釣法」なる古い宝物を、いかにして理解して貰えるか・・・。私としてはわたしなりの腹案もあった。大正時代とも言われるこの釣法が、大きいバックボーンを持って多くの人から支えられてきたことを、歴史、釣具、釣法に分けて話し始めた。
聴衆の目は真剣そのものだ。ひしひしと重責を感じる反面、逃げ出したい気持ちに駆られるという矛盾が、胸の中に去来する。余り堅すぎては話が面白くない。会場の雰囲気を和らげるためには、少々エロティックな話も良かろう、というのが私の持論だった。釣り場の名前や、釣り人のエピソードには、そんな話題がゴマンとあるからだ。
・・・だが思わぬ伏兵があった。男ばかりと踏んでいた会場に、妙齢の美女を含む数人のご婦人と、数人の中学生がいたのだ。そんな人たちの視線を意識したら私のエロティックな話の内容は、中途半端な表現になってしまう。・・・爆発、とまで行かないまでも、少なくとも会場全体に和やかな含み笑いが起こるだろうとアテにしていた私の皮算用は見事にくつがえされてしまった。
こうなると次々とアテが狂って、内容の配分や、表現の方法が予定通りスムーズに運ばなくなる。「自信」が音を立てて崩れて行くのがわかる。
だが、こうなるとある程度開き直りの気分にもなる。少しゆとりが出来た。これを実技のゼスチュアでカバーした。
「大体お判りになりましたか」と聞いて、「よくわかりましたヨ」と、前の席のひとりが答えてくれたときは、正直言ってホッと救われた気持になった。
だが、「リールはなぜ左手で巻くか」とか、「なぜポンピング釣法なのか」などの阿波釣法の真髄が、果たして何人の人に、どれだけ理解されただろうか。・・・伝えることは実際難しい。まだまだ勉強が足りぬことを実感したひとときであった。 (報知APG・高橋 康生)