報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和56年6月27日
釣り場ではおだやかに
人間、立場が変われば、物の見方が変わってくるということはこの欄でもときどき触れた。
たとえば、車を運転していたら、歩行者が随分我が物顔に歩いているように思えるし、歩いていたら、ドライバーの無謀運転がやたらと目につくものだ。
釣りの場合も、こんなことは再三起こる。一方が辛抱すれば無事を得るが、両方が「我」がを主張したらいさかいが起こる。そうなれば楽しいはずの釣りは一転憂鬱となり釣りどころの騒ぎではなくなるから注意したい。
よく起こるのは、ポイントの主張だ。当然自分のナワ張りだと思っているところへ、ウキが飛んでくる。いや、時には、人が立ち込んだりすることがある。もっとも、その人が一方的に非常識な場合もあるが、「立場の違い」から生ずる現象である場合も多いのだ。トラブルが起こってイヤな思いをする前に、相手の身になって考える余裕を持つのも決してムダではないと思う。
Aさんが初心者を伴って友釣りに出かけた。さっそく川に立ち込んで釣りを始めたが、うまく事が運ばない。オトリはだんだん弱ってくる。・・・約一時間後、やっと野アユがかかってAさんはホッとした。ところが、くだんの初心者は待ちかねたように叫んだものだ。
「ああよかった、よかった。ホナ、今かかったヤツ、ワテに貸しとくんなはれ」
Aさんはあきれかえって物も言えなかったという。−この話をAさんから聞いたとき、私は一概にその初心者を責める気にはなれなかった。かって私も初心者だったころ、師匠たるものは当然今かけたばかりの野アユを貸してくれるとばかり思いこんでいたことがあるからだ。
自分の過ちを意識しない時は、たとえ厚顔無恥な振る舞いでも第三者が見れば同情の念がわくこともあり、時にはこっけいでさえもある。
ある二人組が釣りからの帰途、道路下の斜面にタケノコを見つけた。さっそくせっせと掘っていたら、頭上の道を持ち主が通りかかった。
「あ、これこれ、何しとんのや」と聞きとがめられてこの二人、あわてて逃げるかと思えばさにあらず。少しもさわがずに答えたそうだ。
「せやけど、わてらタケノコ好きですねン」
持ち主は何もとがめず、そのタケノコの持ち主であることを名乗り、人の物をだまって持ち帰ることの非を語り、「今度からしたらあかんでェ」とつけ加えてタケノコを持たせてくれたという。 とにかく、家を出てから帰るまで釣行はおおらかにやりたいものだ。 (報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと: 釣り場で急に怒り出す人がいます。しかも、有名人に多く、その理由は、たいていの場合、不可解です。つまりは、その時の自分勝手な心情の変化を、ところかまわず振り撒くからでしょう。その時は、スッとするでしょうが、その分、確実にファンを失っていることを認識すべきです。