報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年12月7日
釣れようが釣れまいが
妻がハエ釣りから帰ってきた。冷たい風の中を、正午から3時間ほど釣り歩いて、やっと6尾だったという。
さぞくやしいだろうと思ってねぎらいの言葉をかけてやった。ところが、彼女は平気な顔をして
「6尾も釣ったら上等や。3匹の猫に2尾ずつ当たるやないの」とことさら意に介していない風情。
「それでも、少ないよりも多い方がええやろ」と水を向けたら、
「ええねん。村田の満さんかて3尾で帰ることもあるんや。ウチは倍も釣ってるやないの」と取り合わない。
・・・・もうこれで、ハエ釣りは懲りたかと思ったら、2,3日後、またぞろ出かけていった。ハエ釣りといっても、すぐ近くの勝浦川までは半時間とかからないから、いつも午後から出かける。この日も出かけたのが午後1時で、帰ったのが5時。正味2時間余りの釣りで、52尾を釣ってきた。
「オッ。やるやないか」と褒めてやったら上機嫌。その日の水況、釣り場などを得々としてしゃべりまくる。・・・・そこまではいいのだが、この後がいけない。図に乗ってこうだ。
「あ、そや。あんたも一度一緒に行こか。場所や、釣り方も教えてあげるワ」
もちろん、この勝負、受けて立った。二日後、今度は午前9時から11時まで2時間の釣りだったが、私が53尾(52尾でなくてよかった)で、妻が38尾。腕の差をまざまざと見せつけたわけだが、彼女は決して屈しない。
「あんたは場所が良かったんや。私が行こう思うたけど、あんたに譲ったげたんやないの」
話はこれで終わったのではない。4日後、またぞろ午後から一人で勝浦川へ走った。そして、2時間で64尾と記録を更新して帰ってきた。さすがに満足げな顔をしていたが、一緒になったKさんが、同じ場所で同じ時間に153尾釣ったとか。心の底では、早くも闘志を燃やしている様子だった。
私の口から言うのもおかしいが、妻は本当に釣りが好きなのだ。釣れるとか、釣れないとかは問題外。とにかく竿を持って川に立ち、イソで飛沫を浴びていれば満足しているのだ。魚を釣っているときの有様を、幾分上気した面持ちで話しているときの顔はご機嫌そのもの。少なくとも、自分の好きなテレビドラマを見ているときに、私が用を言いつけたときの不機嫌な顔とは、まさに観音と夜叉(やしゃ)ほどの相違がある。 (報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと: あれから25年たった今も、妻は元気でイソ、川、イカダに通い続けています。釣りへの情熱は少しも変わりません。釣行回数にすると、私の3倍は出かけているでしょう。主導権は完全に敵の手に渡ってしまった昨今です。