報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年3月30日
妻の意気込み
何年か前のことになる。私と、妻と、Y老の3人で、海部川(徳島県)へアマゴ釣りに行った。早朝の出発で、ハンドルを持っていた私は、釣りをする以前にすでに疲れていた。最初の二時間が釣れなかったこともシンドさに拍車をかけた。場所を物色しながら車を運転していた私に、妻が問いかけた。
「このあたりへ下りようか。」
「そやなあー。ここらはあまりええように思わんなァー。」
「ほな、相川谷(支流)へ入ってみようか。」
「そやなァ。相川は水が無いんとちゃうか。」
「ほな、本流の下の方へ下がってみようか。」
「本流は、イダ(ウグイ)が多いのとちゃうか。」
「・・・・・・・」
と、気のない返事をしていた私の頭上に、一瞬、間をおいて、突然思いがけない罵声が降りかかった。
「あんたみたような煮え切らん人は好かん。もうここで下ろしてもらう。あんたは、どっかそこらへんで昼寝でもしよったらええワ。」
それはもう、Y老がオロオロするほどの語気の荒さであった。
結婚して二十五年。だいたいお互いのクセが分かっているつもりだが、いまだにこの手をやられることがある。
釣り行きが決まる。ーその前夜から雲行きが怪しくなるとする。夜半には雨も、風もはげしくなり、ちょっとしたシケのような気配ー。こんなとき、私の方から
「おい。明日の釣りは中止した方がええんとちゃうか。」などと言おうものなら、今まで鼻歌交じりで弁当を作っていた手が、一旦止まる。鼻歌が、「エヘン。エヘン。」という咳払いに変わってくる。そして、考え考え、刻むようにタタミかけてくる。
「あんたなんかと、ーもう、釣りの約束はせえへんワ。天気やいうもんワ、−その日にならなんだら分からへんもんとちゃうのん。」
(なにも、年に一度しか釣りに行かれへんのと違いまっせェ。週に一度は必ず言ってますのや。それに、だいたいいつでも行けるという結構なご身分ですネン。無理に『その日』でのうても、翌日でも、その翌日でも行けますのやでェー。)
妻の釣りに対する意気込みは、まあざっとこんなものだ。それだけにこんな場合、「亭主に向かって何と言うことを・・・。」を応戦する意欲が消えてしまうのである。
釣り行きの計画が出来ると、彼女は即座に準備を始める。私などは、たいてい前日、それも夜でなかったら道具を揃えないのに、彼女は遅くとも前々日には出来上がっているのだ。
この情熱のほどが、釣果となって表れることがシバシバある。いつもそうと限ったことではないのだが、「あすこは奥さんの方がうまい。」という流言(?)の元にもなっているようだ。 (報知APG・高橋 康生)
(筆者からひとこと) この原稿は今から二十四年前。つまり、私ども夫婦は、来年で五十周年を迎えます。お互いに、「よくぞここまで」と言いながら、だいたい同じペースでやってきましたが、おかげさまで、健康には恵まれて、磯釣りに、鮎釣りに打ち込む生活が続いています。