報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和56年12月12
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チヌ・遠投釣法裏話
阿波釣法は、潮入川や突堤のチヌ釣りから始まり、やがて小イソのチヌ釣りに進み、最後に荒イソのグレ釣りに至る、ということはいままでに何度か述べた。
大部分の阿波の釣り人たちは「グレ釣りへの過程」としてチヌ釣りを習うわけだが、このチヌ釣りがまた面白く、そのまま居残ってしまおう人も少なくない。
豪快で男性的なグレに対して、チヌは繊細で女性的だ。細いハリで30〜40a級とやりとりするのは、またグレ釣りとは違ったスリルがある。
秋のシーズンに入ると、福村や中林に通う人たちの数は連日衰えを見せない。
郊外に強い魚とあって、その数も、グレやイサキのように毎年次第細りになることなく、釣り量や、釣技の進歩によって釣り具の方は以前より増加しているのも人気のあるせいだろう。
ところで、このチヌ釣りに今年ひとつの大きい異変があった。
私の記憶では、チヌは二十年ほど前までは、イソの表向きで、ウキ下約三ヒロで釣るのが常道であった。その後エサトリになるやっかいな存在が出現し、年ごとに様相が変わりはじめた。夜間、網による乱獲がこれに追い打ちをかけ、チヌは、表より裏へ、沖より奥へと移動してしまった。この傾向は年ごとに極端になり、昨年までは、奥や裏でなければ満足な釣りが出来ないと定義づけられるまでになった。
ところが、今年はこの定義が完全にくつがえされた。チヌが昔のように、沖や表でどんどん釣れ始めたのだ。
といっても、仕かけが尋常ではない。今までの繊細な仕かけだと、アッという間に、エサトリにやられてしまう。ではどうするか。
繊細さが看板のチヌ釣りにはおよそふさわしくないような「一刃(一号)」というオモリをつけ、その重さに耐えるだけの浮力を持つ大型発砲ウキが脚光を浴び始めたのだ。
この仕かけを、思い切り沖へ向かってなげる。しかも、そのポイントは、果たしてエサが動いているかどうか疑わしいほど遠方なのだ。
かなり多量のマキエサをやることはやるのだが、これがまた「エサトリを足元に引き寄せておくため」にだけまくのである。
この八方破れともうけとられるような釣法を編み出したのは、徳島第一フィッシングクラブの宮本匡さん。
この人は、徳島県釣連盟の設定した「名人位」ももっているベテランだが、何年も通っているうちにフと思うところがあり、三、四年前からこの方法を試みて確信を持つに至ったのだそうだ。気の良い宮本さんは、苦労の釣法をおしげもなくご開帳し、今年の大流行となったのだが、だれしもが、最初はスンナリと信じないものだ。
教わるのはやさしいことだが、今までの慣習や論理と全く正反対または全く違ったことを実行に移すには、よほどの自信がなければ出来ぬことだ。
この点で、改めて宮本さんの功績に敬意を表したい。
(報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと: