報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和56年10月31日
テキはお見通し
以前この欄で、アユの友釣りの服装についてふれたことがある。友釣りの師の着用しているのは、パターンが限られていて、川へ立ち込んで釣っている姿を見ても、だれだかわかりにくい、というようなことだ。
これが磯釣りにとなると、友釣りよりは数段バラエティーに富んだ服装になってくる。特に最近スポーツウエアのメーカー
が街着も兼ねたようなシャレた釣り着を発表して、磯釣り師の間になかなか好評である。デザイン、色なども豊富だ。
だから、この方は友釣りの場合より、かなり判別しやすい。それに磯釣りの場合は、魚を取り込む格好も十人十色、千差万別だ。上物釣りを例に取ってみると、魚を、かけたあと、両腕を大きく頭上にかざして竿を立てる「大上段型」、竿を必要以上に右へ左へ倒す「近所迷惑型」、どういうわけか竿をのされたままで立てようとせず、魚が引くたびに自分の腰を落として調節する「無我夢中型」などいろいろだ。
だが、それとて遠方から見た場合、正確にはわかりにくい。
いつだったか、牟岐大島へ釣りにいったときのこと、私は船に乗り込んで適当な空き磯を物色していた。と、ある一級磯にNさんとおぼしき人が竿を振っていた。あわよくば割り込ませてもらおうと私は近づいた。
手を振った。Nさん(とおぼしき人)も手を振った。さらに近づいた。Nさんがこちらを見てニッと笑っているのが見えた。私も笑い返した。おかしいと思ったのはNさんは白い歯を見せたままだ。私も負けずに、歯をムキ出してこれにこたえた。すぐ調子を合わせたがる私は、そのあともずっと上歯をムキ出したままで釣り場に近づいていった。
−至近距離までいって私は冷汗三斗の思いをした。今までNさんだとばかり思っていたその人は、釣り着の色こそ同じだが全くの別人だったのだ。しかも、いたってまじめなそのTさんは、お気の毒ながら生来の"山ザクラ"だったのである。
心なしかTさんは私からの視線をさけてくれていたように思ったので、私は「どうですか、釣れましたか」などとだけ聞いて早々に退散した。
ここで本論だが、磯渡しの船頭さんたちは、実に正確に釣り人を識別する。さすが、プロだけのことはある、と感心させられることが多い。
ある時、急に友人に誘われて出かけることになった。友人の行きつけの渡船は、私のなじみのA渡船ではない。A船頭と釣り場で会えば、なにかと気まずい思いをするだろう。そこで私は服装を替え、A船頭の目につかぬように釣った。どうやら気づかれずにすんだと思ったが、四、五日たって予約の電話をしたら、A船頭は開口一番。
「このあいだは、よう釣れたヶ」
テキは先刻お見通しだったのである。 (報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと:。