報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和56年2月15日
亭主ぶってみたが、、、
つい最近、ある結婚式の披露宴でこんな挨拶をした人がいた。
「結婚とは、長い人生において、夫婦がお互いに誤差を修正し合う作業でございまして、、、」
なるほど、と感心したものの、次の瞬間、私は思わず苦笑せざるを得なかった。
「修正し合う」というのは、相対的な現象を言うのであり、私の場合などは、この4半世紀、私が修正してばかりいることに気がついたからである。
まず、食べ物がそうだ。毎朝、味噌汁を欠かしたことがなかった私が、今や完全なパン食になっているし、見るだけで口中が酸っぱく感じていた寿司のたぐいを、何の抵抗もなくつまむようになった。
テレビを見るときだって、彼女ごのみのクイズ番組が圧倒的に多い。そのほか、あまりハッキリ書くと後がうるさいから割愛するとして、とにかくわが家は、たいていの場合が婦唱夫随であり、私も別にそれに大した抵抗を感じていないから、妻の夫飼育法がうまいのか、私がお人好しなのか。
しかし、このたびのように、それをハッキリ思い知らされてしまうと、ちょっと反発してみたくなるもの。ここらで亭主の貫禄を示してみるのも面白いことではないか。
折しも、今秋の釣行のことで二人の意見が対立した。妻は吉野川のハエ釣りを主張し、私は椿泊のメバル釣りを提案した。
メバルの船釣りは、徳島県下ではあまりやっていないだけに、私は意欲を燃やしているのだが、妻は頭から不安がっているのだ。
「いっぺんくらい亭主の言うことを聞いたらどや。」と声高(こわだか)に言ったのがこたえたのか、彼女は妙にスンナリと私についてきた。だがいつもより口数が少ない。不満を抑えているのは明らかだ。
午前7時、椿泊の港に着いた。ところが、まさに船に乗り込もうとしたら、なんたる不運。「クラッチが故障した。」と船頭。「修理してくるから」と立ち去った彼が帰ってきたのは、かれこれ2時間後のことだった。
やっと釣り場へ出て釣り始めたが、強烈な季節風にあおられて、釣りどころの話ではない。
這々の体で港へ帰り、岸壁から竿を出したが、2時間釣ってガシラがたったの3尾。
妻はしゅうし、ひややから目つきを私に送るだけ−−−。
−−−やっぱり人間、慣れないことは止めた方がいいのだ。修正する者と、修正される者は、はじめからそういう運命(さだめ)になっているのだ。
それにしても、妻がよくスンナリとついて来たもの。
「なんでや」と聞いたら、ひとこと。
「報知新聞の『今週の釣り占い』に、『意に添わぬ場所に縁あり』と書いてあったもん。」だと。 (報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと: この原稿を書いたのが25年前。で、今年、私達夫婦は結婚50周年を迎えることになりました。こうなったのも、25年前のあのとき、披露宴で聞いたあの言葉のおかげかも知れません。以後、妻は「マイペース」で釣りの道に励み、磯釣りと、アユ釣りにかけては私を凌ぐ(?)結構な腕を持ち、今も現役です。74才と72才の元気な夫婦は、やはり磯の上で口げんかしながら竿を出しています。