報知新聞/昭和63年4月29日(金)

どじヴェンチャー・ニュージーランド(6)

フェリー乗り場でトラブル続発!

 入れ食いとはいえ、小さいブルコッドに飽きた私たちは、大物を求めてジャクソン岬沖へ出ることにした。だがあいにく、まるで台風並みの大風が吹き募り、船の中で立っているのがやっと。思い切って、沖に出るのは諦めた。
 
 一夜明けた。ティマラロッジで朝の新聞を見て驚いた。
 「昨夜、強風下の韓国の漁船沈没。3人行方不明。マルボローサンウンド沖で」
 よくぞ途中で引き返したものだ。それにしても、この周辺の風のすごさ。ちなみに対岸のウエリントンは、「風の都市」というあだ名を持つ。

その日は、ピクトンからウエリントンへ、フェリーで渡ることになっていた。一度乗ってみたいと思っていただけに、この旅行のメーンイヴェントでもあった。
 幸い天気も回復。ピクトンの町や、周辺を観光した後、昼食をとった。乗船時間までまだ余裕がある。忘れないうちに、日本へ帰る便の「再確認」を取っておかねば、、、。昨年はこれを忘れていて、ローリーさんに叱られたものだ。

 長距離電話でオークランドの航空会社へ電話をかけた。交換手は男の声だった。「生まれて初めての長距離電話やから、、」と断ったら、実に親切に、ゆっくりと教えてくれた。
 何とか、相手に通じたのだが、肝心の航空会社の女の子が、「オークランドの泊まり先は?」とか、「パスポート番号は?」とかで食い下がってくる。そんな資料、ポケットに入っているはずがないやんか。返答に詰まる。時間はどんどん過ぎて行く。
 コインは3分ぶんしかない。イライラしながらの通話は、優に3分を超えたはずだが、交換手からは何のストップも掛からなかった。

 次はレンタカー。ピクトンで乗り捨ててフェリーに乗るのだが、時間があったので、わざわざレンタカーの事務所まで持って行ったものだ。これが災いの元となった。
 事務所の女の子が、「契約書を見せてください。」と言って譲らない。その契約書がまた、どこにも見当たらない。全員が一斉に全部の荷物の中を探した。「日本で乗り捨て料金を払ってあるのに、、、」と言っても、「契約書がなければ話になりません。」の一点張り。

 やっと契約書が見つかった。今度は電話でそれをチェック。その間、他の人たちがどんどん割り込んでくる。車に積んでいた山ほどの荷物は預けなあかん。出発の時間が刻々と迫っているのに、こんなところでウロウロしていたら乗り遅れるではないか。

 女の子が納得して、無罪放免になったのは、出発の10分前。メーンイヴェントはメーントラブルになってしまった。ムシャクシャした気持ちが晴れたのは、フェリーの中から、マルボローサウンドの雄大な景観を見たときであった。
写真は、静かなたたずまいのピクトン港。ここはマイ・ボートの乗り場だが、その隣に、北島行きのでっかいフェリー乗り場がある。

 それにしても、外国の女の子はしっかりしてますなぁ。

                      (報知APG・高橋 康生) 

筆者から一言:
 日本はいい国です。航空チケットの再確認や、フェリーの手続きなどに、こんなに手間取らせますかいな。まあ、こちらの方が旅慣れしていないのが悪かったのかもしれまへんけど。