報知新聞/昭和63年3月25日(金)

どじヴェンチャー・ニュージーランド(2)

1号ハリスで60aブラウン

 せっかくガイドのジョンが朝7時に迎えに来てくれたというのに、レンタカーのキーの捜索は40分にも及んだ。みんながイライラ。家内などは、完全に私を犯人扱いにする始末だ。
 結局、どこにもない。しかたなく、ジョンのコロナに7人が乗って、相棒のマイケルの家を目指した。コロナに7人が乗った場面をご想像あれ。日本ではちょっと見られない光景だ。マイケル宅までは20分。彼は合計1時間待っていた勘定になる。でも、人のいいマイケルは、そんな不満をオクビにも出さなかった。

 さて、ここで2台の車に分乗してホープ川を目指した。行程は約200`。「ウン。2時間足らずだよ」とジョン。
 時速100`で、広大なカンタベリー平野を走り始めたと思ったら、「アッ。わたし、ひょっとしたら部屋の電熱器を止めるの忘れたかもわかれへん」と家内。
 ジョンに電話してもらうことにした。だがその電話、ちょっとやそっとで見つからない。早いこと電話せんことには、もし火事にでもなったら大変だ。やっと電話ボックスがあった。電熱器は止めてあったとか。ヤレヤレ。

 ドジはまだ続く。一緒に走っていた2台の車がはぐれてしまった。先を走っていたはずのマイケル車が、目的地にいない。15分ほどバックしたが、影も形もない。川を横切る橋の上で待つこと15分。やっとマイケル車が見えた。彼は彼で、後続のジョン車が見えないので、途中で半時間ほど待っていたという。

 重なるドジで、釣り時間は予定より2時間遅れてしまった。朝のジアイは完全にずれたことになる。だが、ホープ川相のすばらしさがすべてを払拭した。スケールは、和歌山の日高川の中流といった感じ。アユを放流したら最高だろう。
 瀬があった。石も大きい。マイケルが腰を落としてソッと近づき、なれた手付きでフライを振った。


                写真は、マイケルの釣ったブラウンを持たせてもらった私。不本意ながら、胸躍る瞬間。
                60aのブラウンは始めての体験。

 一振り。また一振り。−−−早くも竿がしなる。
 「さあ、竿を持って、、、」とマイケル。写真は、残念ながらわたしが掛けた魚ではない。でも、そのときの竿さばきはジョンが褒めてくれた。60aの見事なブラウン。後でハリスは1号だったと聞かされた。細いハリスは何も徳島だけの専売特許ではなかったわけだ。
                      (報知APG・高橋 康生)
 

筆者から一言:
 ニュージーランドの自然の広さと美しさには心を奪われます。川の流域に、日本のような集落はほとんど見ることがありません。「自然の中にとけ込む」とはこういう場所の、こういう時の感情をいうのでしょうか。