報知新聞・魚心/昭和61年4月22日
ニュージーランド 人と魚と(5)
タウポ湖でのニジマス釣りー3
今年の東京見本市は「国際見本市」と銘打っていただけに、かなり内外の釣り関係者の交流があったようだ。ニュージーランドも政府観光局がブースをもって「ニュージーランドの釣り」をPRしていた。そのブースで一人がんばっていたのが、タウポ湖からわざわざやって来たサイモン・ディッキーである。
小西和人さんは見本市で彼と面識を得た。そして、ニュージーランドへ釣りの旅に出かける旨を告げると、「タウポへ来たときは、必ず電話をかけてくれ。私がタウポ一大きい船で案内するから」と勧誘されたそうだ。
そこで私はモテルへ着いた早々に電話してみた。早速現れたサイモンは、年の頃なら37、8歳。脂の乗りきった感じの快男児だった。約kそくと折り、我々を案内したと言ってくれたが、我々のスケジュールはすでに決まっている。あいにくそれが、どうも彼のライバルに当たるガイドであるらしい。
「誰があなた方をガイドするの?」
「ピーターたちだけど」
「ああ、あいつはなかなかいいガイドだよ」
敵をくささないところが気に入った。(だが、これはニュージーランドの国民性かもしれない。ピーターたちもサイモンのことをほめていた。)
結局、日程がかみ合わず、ピーターたちが朝の6時から9時まで釣れて行ってくれるのに引き続き、9時から正午までというあわただしい予定で約束が出来た。
サイモンの船は9時かっきりに港にやってきた。なるほど立派なクルーザーだった。全長15b。船内にはトイレあり、ベッドあり、バスまで付いているという豪華なものだ。ピーターたちの船も立派だったが、見本市で小西さんに豪語しただけ逢ってこれだけの船はほかに見当たらなかった。
タウポ湖の東側はみちがついているが、西側は山が迫っていて道がない。つまり船で出かけないことには釣りにならないだけに、釣り荒れていないということだ。半時間ばかり走って釣りにかかった。釣り方は、ピーターたちと同じスチールラインによるトローリング。なるほど朝と変わらぬペースでニジマスは釣れた。
それをサイモンはさりげなく料理して、鮮やかな手付きで刺身にしてしまった。
最初から計画していたのだろう。広い、平たい磯に上陸し、用意したテーブルをセットし、その上にニジマス料理を並べてバーベキューとしゃれ込んだ。ご丁寧に、醤油にワサビまでご持参に及んでいる。もちろんワイン、ビールの類も忘れない。このうまさはまた格別であった。
帰途。夏とはいえ涼しい風に当たりながら、デッキの上でサイモンと釣り談義。過去2,3度、日本を訪れているだけあって、なかなか日本の釣り事情についても詳しい。特に日本の「磯釣りブーム」には大きな関心を持っている。
将来、日本人をニュージーランドに招くには、もっと磯釣りについて、釣り場の開発や、受け入れ態勢を整える必要がある、と力説する。いま、仲間を集めてその準備を進めているとも語った。
彼の肩書きは、「南太平洋スポーティング・アドベンチャー」という会社の総支配人ということだが、彼の構想はもっとでっかくて、ニュージーランドの釣り界全体の総支配人にふさわしいと見た。今後は、日本とニュージーランドの釣り界の懸け橋として大いに活躍してもらいたいものだ。
(報知APG・高橋 康生)

筆者から一言:
残念ながら、サイモンとは交流がありません。やはり同じ釣りの道とはいえ、磯釣りとフライフィッシングとはもともと異質なものでしょうか。あれから21年。サイモンも、ピーターも、マークも50代半ばの貫禄あるフィッシャーマンとして活躍していることでしょう。