報知新聞・魚心/昭和60年03月18日
豪州の釣り人たちA
ジャスティン少年:日本流キス投げ釣りのトリコに
今回の宿泊は、パース市郊外のソレントという海岸沿いの小さな町。宇野さんが予約してくれていたのは、オーシャン・ランディング・ビーチ・リゾートというホテルだった。ホテルといっても一戸建ての家が立ち並んでるコンデミニアム。いわばモテル(日本式にモテルとは意味がちがう)で、3LDK説いた感じ。自炊もできる合理的なシステムで料金は15000円ほど。家族ぐるみの利用者が多い。ハイウエーを隔ててすぐ前が海岸なので、けしきもよく、釣りにも便利だ。
オーストラリア人は釣りが好き。海岸沿いの小さな突堤では、そこここに二、三人の釣り人がヘリン(コノシロの一種。イギリスのヘリンとは違う)を狙って竿を振っていた。
オーストラリアは今、夏の盛り。温度は日中で40℃近くもあるのだが、湿度が低いので割合涼しい。
早速私たち夫婦も仲間入りした。狙いはキスだから、7本針仕掛けに、日本から持参した青イソメを付けて投げ込んだ。
誘いをかける間もなくk、的確なアタリ。ゆっくりリールを巻いてみると、なんと7本針に7尾のキスがぶら下がっているではないか。日本の白きスト全く同じ種類で大きさは15〜22a程度。
これを見て、隣にいた少年がすっとん狂な声を出した。
「ウワーオ」
少年のバケツにはまだ魚が入っていなかった。エサはぬか上のネリエサを巻いて、小魚の切り身を針に付けていた。
「おじさん、どこから来たの」
「日本からだよ」
「エサは何を使っているの」
「ゴカイだけど。見たことあるかい?」
「いや。ちょっと仕掛けみせてくれないかなぁ」
「いいよ。なんなら、一仕掛け上げるから、釣ってみたら。エサもほら」
少年の名前はジャスティンといった。11歳。腕白盛りにしては釣りは熱心だ。
日豪友好のために、私は日本製のキス三本針仕掛けを提供した。エサの付けかた、投げ方なども教えてやって第一投。
ついでだが、釣り具は随分お粗末だった。竿はソリッドのグラス製、リールは重いし調子も悪い。それでもジャスティンの第一投には、キスが2尾ぶら下がっていた。いや喜んだのなんのって。私たちを見る目には明らかに尊敬の念が浮かんでいた。日豪友好は、ささやかな釣り具と技術の提供で一応成功した。
偶然だが、このジャスティン君は、家族ぐるみで私と同じホテルに止まっていたのだ。夕方、私たちが夕食に出かける用意をしていたら、ドアがノックされた。出てみたらジャスティン君。
「あのね、おじさん。せっかく僕はたくさんキスを釣っていたのに、波が来てエサも道具も流されてしまったの。出来たらもう一仕掛けもらえないかなぁ」
どうやらこの少年、すっかりキスの投げ釣りが気に入ったらしく、翌朝も釣りに出かけるつもりのようだ。私はオモリや針にエサも添えて渡してやった。
写真は、水泳や釣りに興じるオーストラリアの少年たち。何十`もある広大な海岸に、100bおきに、こんな釣り場がある。おひげの釣り人は、ご存じ小西社長。
夕食から帰ったのは、夜の9時頃。翌朝は4時に起きてパースから600`ほど東にあるエスぺらんすへ飛行機で出かけることになっていた。
ふと、ドアを開けようとしたら、ハンドルに大きなメモ用紙がセロテープで貼り付けてあった。いわく。
「親愛なるおじさま。どうか、エサをいくらか残してくれませんか。僕の部屋は、ご存じの通り23番です。僕の名がジャスティンだってことも覚えてくださっているでしょう。どうか、ドアの前へ置いといてください。お願い、親切なおじさま。エスぺらんすでの幸運を祈っています。ジャスティンより。部屋は23番ですよ」
まいったねぇ、これには。しかし私たちにはかなりの尊敬の念を抱いていることに気をよくして、貴重な青イソメをソッと彼の部屋の前に置いてやった。
(報知APG・高橋 康生)
筆者から一言:
後日談ですが、日本へ帰って、私の娘に写真や資料を見せていたときのことです。このジャスティン君のメモを見つけた彼女が、私にこんなことを、言ったのです。
「お父さん。旅行中にこんな怪しいことをしてたん?お母さんはこのことを知ってるん?」
一瞬、何のことを言っているのやら見当がつきませんでしたが、ちょっと間をおいて、その意味が判った時には思わず大笑いしてしまいました。
つまり、「ジャスティン」というのを女の子と勘違いしたのですねぇ。部屋番号を何度も、念を押すように書いてあったので、てっきり、地元の妖しい女が私に誘いをかけていると思ったのでしょう。でも、このメモは、現場で家内も一緒に見ていますので大事に至りませんでしたが、もし、私一人が旅していたとしたら、動かすことの出来ない浮気の証拠として裁判所に提出されたかも、、、。