報知新聞・魚心/昭和58年月28日
五十路のペーソス 釣り人生にも不可抗力
沖へ流したウキに視線を走らせた。ーーと、何かハエのようなものが目の前を飛んだ。
ーなんや、と思って手で払いのけたがまだ飛んでいる。フッとその方へ視線をやったら、スッと逃げる。ウキを見る。また飛んでくる。見る。逃げる。二、三度くり返しているうちに、これがハエでも蚊でもないことが分かった。目の中に入っているゴミだったのだ。
ところがこのゴミが何日経っても取れない。蚊状のものは四六時中、私の目の前を傍若無人に飛び続けるのだ。
一ヶ月ほど経ったある日、近所の医者に診て貰った。女医さんだが、なかなかテキパキと症状を説明してくれる。
「硝子体剥離(しょうしたいはくり)症ですワ。失明する心配はありません。でも治ることもありません」
私は血圧が少々高い。テッキリそれが原因かと思って尋ねたら、女医さん、無惨にも、こうのたもうた。
「老人性ですワ」
「へえ、へえ」
年の割には髪も黒く、体も丈夫なことを誇っていた私だが、この瞬間、何とも言えぬ寂しさを隠すことは出来なかった。
帰宅して百科事典を引いてみると、やはりこの症状は、別名「飛蚊症」ともいう、とあった。ヤレヤレ、これで私は一生この蚊を目の中に飼うことになるのだ。
いつまでも若いつもりだが、五十路に入った体には、あれこれ「老人性的な兆候」が現れつつあることに気がついた。
二、三年前だったか、解禁日にハナカンを逃走として戸惑った。それまで私は、左手で握ったアユを、胸にあてがってハナカンを通していた。戸惑ったのは、アユのハナが、充分見えなかったのだ。つまり、一年の間に、遠視の度合いがグッと進んでいた訳だ。ー以後ハナカンは水の中で通すことになった。
お恥ずかしい話だが、こんなこともある。
月に一度あるかないかだが、時々鼻血が出ていた。たいてい右からだが、その瞬間、タラーと流れ始めるのが分かるのだ。急いで紙をあてると、それは赤く染まる。
ところが、最近はこうだ。タラーと前触れがある。紙をあてると赤く染まらない。ーつまりハナ時の代わりに「水バナ」が出るのだ。これなどは喜んで良いのか、悲しむべきなのか。
そのほか、磯へ上がった時の自分の格好など、何か危なっかしい意識がある。とにかく「厄年」は人生の盛り。そして50を超せば凋落の兆しは出るのが当たり前だ。気張ってみても所詮無駄な抵抗。そんなことに気をかけるよりも、今後ますます果てしくなる老化現象に較べて、少しはマシな今の状態を大切にして釣りを楽しみたい。−−昨今、そんな気持ちで竿を振るようになった。
(報知APG・高橋 康生)
筆者から一言:
そんな殊勝な気持ちを持ち続けたのが良かったのか、24年前と較べて、体力、体調ともにそんなに衰えていないのは嬉しいことです。コツは?と問われたら、自信を持って応えることにしています。
@よく寝る A適度の運動 B笑う。よく笑う。 C適度の晩酌 D気持ちを若く持つ など。アッ、忘れていました。 E釣りに行っていい空気を吸うこと。