報知新聞・魚心/昭和58年3月5日

味噌付けさがした誕生日:思いがけなく三賞独占

 今年の風邪は長いのが特徴だそうだ。私の場合、1月10日からだからざっと2ヶ月近い勘定になる。
 「釣りにゆくさかい直りまへんのや」と忠告してくれる人がいるかと思えば、「どんどん釣りに行ったら風邪なんか吹っ飛びまっせ」と言う人もいる。
 両方の言い分を尊重して、あるときは大事をとって早寝をしてみたり、あるときは凍てつくかんぷうに身をさらして逆療法を試みてみたが、結果は思わしくない。おまけに、貧すれば鈍するで、釣果の方も冴えないからかなわない。
 だが、なんだかんだと言いながら、一日、アマゴの解禁日には参加することにした。ちょうど徳島つろう会が海部川で大会を開くことになっていたからだ。

 下馬評では渇水がひどくて、好成績は望めないだろうとのことだった。「どうせ釣れないのなら、車の中で寝とったらええ」という程度の根性しか持っていないからたいしたものではない。
 それにしても午前3時の出発はきつい。海部川5時着。吉野橋から月明かりで水況を見て驚いた。川に水がないのだ。一度にやる気をなくしてしまった。それでもなんとか早朝だけでも釣らねばならぬ。私たちは水を求めて上流へ遡った。
 神野(こうの)になんとか釣りになりそうな場所があった。夜が明けるのを待ってサオを出した。
 第一尾目は川ムツ。二尾目はイダ(ウグイ)。三尾目もイダ。やっぱりアカンわいと諦めかけていたら、四尾目にアマゴが釣れた。根気よくやっていたら、イダの猛攻の間に、時々アマゴが食いついてくる。だが、五、六尾も釣ったところでそれも止まってしまった。

 このあと、二、三度場所変わりをした。昨年、23尾も釣れた好ポイントなどはイダばかりで、ついに一尾のアマゴも釣れなかった。
 その間弁当を食べた。ビールものんだ。車の中で昼寝もむさぼった。
 午後3時半の審査時間までに釣ったアマゴの合計はわずか11尾。半分フテクサレての計量だ。ところがなんと、全般に悪かったせいか、思いがけなくもこれで優勝してしまった。しかも賞はまだあった。イダを退治する趣旨で設けられた特別賞「イダ重量賞」も頂いたし、「イダ大物賞」もかっさらった。

 傑作だったのは、この日の賞品が全部味噌なのだ。三賞を独占した味噌の合計は全部で16`にもなった。これはゆうに家族一年分の需要を満たしてくれよう。
 奇しくもこの日は、私の52歳の誕生日でもあった。これを契機に「風邪も吹っ飛んでしまえ。釣れない病もさようならや」と気張っては見たのだが、さてどうなることか−。
                                             (報知APG・高橋 康生)

筆者から一言:

 私の52歳誕生日の出来事。よく考えてみますと、なんと息子(秀典)が今年の12月で52歳になります。ああ、怖い、怖い。それにしても、この当時は、釣り場でビールを飲んで運転してもよかったのですねえ。「古き、良き時代」などと言えば叱られそうですな。