報知新聞・魚心/昭和58年1月4日

スケールを大きく、レベルを高く

 釣り界をほかのスポーツ、例えば野球とか、テニスとか、ゴルフに較べると、何となく見劣りすように感じるのは私一人だろうか。
 原因を考えてみた。やはり世の中すべてカネなのだ。カネを出すスポンサーのケタが違っているようだ。早い話が、釣り界においては「プロ」がいない。イクラ腕が上達したところで、それをデモンストレーションする「公式の場」がきわめて少ないのが現状だ。
 またかりにプロができたとしても、それが必ずしも豊かな収入につながらない。日本の釣り界では、いまだに「ガイド」という職業すらまともに食えないのだ。

 今ここに、Aという名人がいる。X社というメーカーがAに目を付けて、年間一千万円で契約した。AはX社の製品をイメージアップするため日夜骨身を惜しまず釣りに専念して好成績を上げ、それをマスコミに流す。X社の売上は目に見えて増加したとする。
 Y社も黙ってはいまい。ベテランBと二千万円で契約した。Z社も達人Cを三千万円で手を打つ。
 こうなると面白い。果たして、これらのプロのうち誰が一番巧者だろうかという興味が湧いてくる。そこで日本全国を網羅している権威ある新聞社(例えば報知新聞社)がこれらのプロたちを一堂に集めて大規模な大会を行う。
 プロたちは、自分のため、メーカーのため、丁々発止としのぎを削ってわたり合う。もしAが勝てば、X社は契約更新に踏みきるだろう。そうでもしないことには、Y社、Z社からAに誘いの手が伸びることは目に見えて明らかだ。

 こうなれば、釣り界は現在の買い手市場から売り手市場に変わるだろう。そこに競争による釣り界のレベルの向上が生まれないだろうか。
 野球のように、年俸何千万もとはいかないまでも、とにかく釣りのプロがそろそろ生まれてもよい頃だと思うのだが、、。
 スケールの大きな話とは反対に、反省せねばならない点もある。まず釣り場の汚れだ。かわには空き缶が捨てられ、磯にはエサ汁の悪臭が漂う。いつも思うことだが、ゴルフ場と較べると、文字通り「雲泥の差」がある。これではいくらえらそうなことを言ってもチグハグだ。

 徳島県釣連盟(楠本博之委員長、会員3000人)では、二、三年前から、各種大会の終了時間前、10分間は必ず磯の掃除をするように義務づけられている。渡船業者の積極的な協力を促して、少なくとも磯や谷からゴミを追放したいものだ。
 それと、もう少し連帯感を持ちたい。少なくとも、釣りという趣味を同じくする者の、もっと強力な全国組織を持ちたい。具体的に言えば、全釣協あたりをもっと強大な組織に持っていきたい。そのためにはまず、各都道府県での単位組織の強化が必要だ。だが現実は、釣り人という種族は、「釣り天狗」の異名通り、自意識が高すぎてなかなかまとまらない。
 それにつけこんでかどうか、今年は「沿岸漁法改正案」が黒海を通過しそうな雲行きだ。釣り人にとっては、これは由々しき一大事。これを阻止するには釣り人の団結以外に方法はない。

 とにかく今年、釣り界は限りなく「スケールを大きく、レベルを高く」の方向に進んでもらいたい。
                                             (報知APG・高橋 康生)

筆者から一言:

 今から24年前、釣り界の希望的観測を述べたわけですが、残念ながら、現在に至るも何の変化も、進化も無いのには呆れてしまいます。野球界では、年俸何千万だったものが、現在は何億円となっているのに、釣り界では、お恥ずかしほどの契約金。しかも、だんだん人数も減り、契約金も伸びる可能性が見出せません。
 それどころか、釣り人の数自体も減少の一途を辿り、その業界に入るはずの金は、携帯電話会社に吸い取られているようです。

 自然という素晴らしい環境の中で、心も、体も癒してくれる釣りという遊びが、再認識される時がまたやってくることを祈って止みません。