報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和57年11月27日 

名人たちのデッサン
 
 報知グレ釣り名人戦が、東京・式根島で行われたとき、私は審査員の一人として、その対戦ぶりをつぶさに見せてもらった。
 新名人位に輝いた徳島釣流会の立石宗之さんは、31歳の若さながら、あわてず騒がず本だ収前名人と対戦した。それは最近にない伯仲ぶりを見せ、観戦者の手に汗を握らせたものだ。勝敗は最後まで予断を許さなかったが、運命の女神は若い立石さんの方にほほえみ、終了2分前に掛けた500cのグレが栄冠をもたらせた。運が強いと言えばそれまでだが、立石さんはそれなりに常人以上の努力を払っていたようだ。

 まずマキエのシャクが目新しい。鉄工所を経営している立石さんは、自分で納得の行くシャクを作っている。その先は、直径5aの円錐形、ステンレス製。普通では想像できないくらい小さなものだが、これで沖アミを小さく刻み、間断なく撒くのだ。
 それからリール。グレが引いた時(ハンドルは逆転しないというメリットはあっても)リール糸が十分に出ないというD社のLBリールを、どんな小さい引きに対してもスムーズに出るように改造している。
 さらに目新しい竿の扱い方。−−竿は絶対、磯に置かないのだ。例えばハリを結び替える時や、ウキ下を調節する時などは、竿をまたぐらに挟んだままで用を足す。竿を大切にすると同時に、リール糸なども痛めないし、第一、手早く事が運ぶというものだ。彼は、これらのことを、いとも簡単にやってのけている。そして、それを自慢にする風がまったくない。

 立石さんのグレ釣りのお師匠さんは、徳島県釣連盟の初代名人、小里哲也さん。この人は、日曜、祭日しか釣りに行けないので、残念ながら全国的な規模の大会には顔を出すことが出来ないが、その実力は名実ともに第一人者と言える。しかし、彼はそれを高ぶる風がない。そして、立石さんは、この美風をそのまま踏襲している。まさに「名人は人に問う」の諺を地で行くようなもので、ほほえましい限りだ。

 もう一人感心したのは、つい先日、矢作川で行われたG杯争奪ハエ釣り名人戦で見た九州代表の中村政之さんの釣りだ。有利であろうが、不利であろうが、対戦者の挙動については全く無関心。65歳という高齢なのに、水の中で6時間という難行に耐えて準優勝を勝ち取った。
 練りエサをつけたヘラを口にくわえ、ひょうひょうとした態度で「戦う」というよりは、「楽しみながら」ハエを1匹1匹釣っているさまは、まさに仙人の風格さえ伺える。決勝戦が終わった一瞬には、敵味方から拍手が湧いたものだ。

 何の競技にせよ、名人を意識しない名人ほど、はためにさわやかなものはない。
 
                                                     (報知APG・高橋 康生)

筆者からひとこと
 ここでも、65歳の高齢者などと書きましたが、今の感覚で言えば65歳はまだまだ若いと言わざるを得ません。本当に若かった立石さんは、現在56歳。油の乗り切った年齢ですし、小里さんも66歳とはいえ、現役で、磯も、アユも出かけています。
 概して、釣り人は若く見えますが、やっぱりそれなりの理由があるようです。私の考えでは、オゾンをたくさん吸うことが体の機能を、魚との知恵比べが頭の回転を若く保ってくれるのではないでしょうか。