報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和57年9月25日
予期せぬひと言
釣行に車はつきもの。そして車にはスピード違反はつきものだ。スピード違反は、釣り人にとっては楽しかるべき釣行を不快のドン底に突き落とす要因の一つでもある。もっとも法定スピードで走っておれば問題はない。だがほとんどの場合が早朝や深夜のドライブとあって、釣り人たるもの必ずしも100%法定スピードを守れるとは限らない。そこで、電波探知機を備えたり、見張りをつけたりー色々苦労の絶え間がないのだ。
Nさんはその日、まだ明けやらぬ国道を平均時速70`のスピードで釣り場に向かっていた。速度制限のないところでは、早朝、誰しもが出す標準的速度だ。ある町へさしかかったとき、50`の制限標識が目についたが、Nさんはそのままのスピードで走っていた。
突然、後方から何者かが速いスピードでNさんの車に近づいた。Nさんがそれを意識し、パトカーだと気が付くのに時間はかからなかった。Nさんの顔面から血の気が引いた。パトカーが追い越しにかかってNさんの車と並んだ。Nさんは観念して道路の左側に寄ろうとした。
そのとき、パトカーから流れ出たマイクの声は意外や意外。
「ここは時速50`ですから、そのように走って下さい」
声のトーンはやさしく落ち着いていた。そしてそのまま走り去ったのである。
てっきり止められて、とがめられ、罰金の支払いを命じられると思っていたNさんは、拍子抜けしてしまった。
しばらくしてNさんは、この粋な計らいのパトカーに、えも言えぬ気持ちが湧き起こるのを押さえることが出来なかったという。
その日一日はNさんにとってさわやかな釣行だった。そして罰金ととられたより、ずっと胸にに応えた、と会う人ごとに話している。その後Nさんが慎重なドライブをしているのは言うまでもない。
同じ「予期せぬひとこと」でも、こんな風なのもある。家内の話である。
家内がしょっちゅう同行している友釣りグループは、すべて60歳以上。名付けて「お達者クラブ」とよんでいるが、名前の通りの通り、年齢を意識させない元気者揃い。中には、隔日に海部川へ、野根川へと通っている人もいるくらいだ。
ところが8月のある日、岡山から徳島市の津田一文字突堤へガシラを釣りに来ていた62歳のお年寄りが誤って足を滑らした。あいにく消波ブロックの間に落ち込んだ。随分探した揚げ句、二日後に発見はしたものの手遅れだった。
これを聞いたTさんという若者。お達者クラブの面々の前でこう言った。 「人の迷惑をかけるような年になったら釣りには行かんこっちゃ。そや、50歳以上は診断書がない限り波止釣りや、磯釣りは禁止にしたらええ。」
さすがに気丈な家内(49歳)も、2、3日はなにやら考え込んでいる風であった。
(報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと:この原稿を書いてから25年の歳月が流れました。今や、私は76歳、家内は74歳と相成りました。それでも、おかげさまでまだまだ達者。いまだに、磯釣りにも、鮎釣りにも出かけております。ハイ。まだご迷惑をおかけする心配はありませんので、あとしばらくの間、お付き合い下さい。