報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和57年9月18 

夫婦口論:磯の上ならやり放題
 
 突然の家内の嬌声に、ふと、うたた寝から目が覚めた。もうろうとしている私の目の前にブラブラしているもの。ーそれが30aほどのアイゴだったから驚いた。 「はよう、はよう。父ちゃん、なんと越してくれな、逃げてしまう。」 事態を読み取るのに、そう長くはかからなかった。
 私たち夫婦は、久しぶりに牟岐の大島へ来ていた。そして、ヒジカケという無類の足場の悪い磯へ上がったものの、エサ取りは横行するワ、雨は降ってくるワで、ついウトウトとサオを持ったまま眠っていたところなのだ。
 家内は私よりやや足場の高いポイントで座ったまま、私は低いポイントで立ったまま(立ったまま居眠りするなど、これはほとんど芸術なのだ。)ふたりともそうたやすく動きは取れないという難儀な釣り場で、家内がアイゴをかけた。それをゴボー抜きしたまではよいのだが、なすすべを知らず、自分はじっとしたままで私に助けを求めていたのだ。ーと言えば聞こえはよいが、実は命令しているのだ。

 ま、釣った方はいいだろう。命令する方は楽だろう。だが、顔の周囲に怒り狂ってバッチリ背びれを立てているアイゴがぶら下がっている場合、私はいったいどうすればいいのだ。
 人を人とも思わぬ家内の横暴はまだ続く。
 二尾、三尾と順調にアイゴを釣っていた家内が、また突然助けを求めた。
 「こらアカン。グレやろか。どうにもならん。はよ、代わって!!」 すばやく、サオを引ったくって選手交代。鮮やかな?サオ裁きで私が波間にねかせたのは、、40a近い大型アイゴだった。受け玉ですくってハリを外そうとしたら家内、横からすかさず 「ええと、これで四尾目か」とチャッカリ自分の勘定に入れてしまうのである。まだ一尾しか釣っていない私としては内心はなはだおだやかではない。

 さて私も頑張って、と思ってサオを持とうとしたら 「このアイゴ大きいさかい、記念撮影しておいて」ーときた。
 しぶしぶカメラを構えると、有頂天になった彼女は、横に突き出したアイゴの方を向いて大口を開けている。
 「「口閉めんかい」と私。 
 「そやかて、閉まらんもん」と彼女。
 「アホか。魚の口やないワイ。お前の口や」

 私の口調は、もうケンカ腰だ。フト気が付いたことだが、この会話の声の大きさは、もし街頭であったら、そこらじゅうの野次馬がみんな集まりそうなボリュウームだ。だが、磯の上ならだれにも気兼ねがない。ここらあたりからわれわれは、会話というよりは口論、対話というよりは雑言のやり合いの様な調子になった。相手が釣れば「病気持ちや、その魚」とけなし、相手がバラせば「ヘッタクソやなあ」とくさす。
 半分は潮騒にかき消されるが、腹の中から思いっきり怒鳴り合った後の気分は、壮快そのものだった。
                                                                 
          (報知APG・高橋 康生)

筆者からひとこと
 昔はよく、「夫婦喧嘩もトビツから」 と言われていたものです。それが、いい世の中になったもので、最近、トビツ喧嘩はメッキリ減ったようです。考えてみたら、磯の上でのこの種のケンカなど、一種の痴話喧嘩のようなものでしょうなあ。いずれにせよ、腹の中から大きな声を出すことは、体にもいいことが実証されています。