魚心:昭和54年6月17日 「リールは左手で」
  

 古い「阿波グレ釣法」には、いくつかの鉄則があった。
 「エサは少量ずつ、間断なく撒け」とか、「ウキは止めながら流せ」とかいった技術的なことから、「イソへ渡る時は必ずワラゾウリをはけ」とか、「持ち物は出来るだけコンパクトに」とかいった安全対策まで、、。だが代表的なものは何と言っても「リールは左手で巻け」だろう。(もちろん右利きの場合) それと、リールといっても、正確に言えば昔は木ゴマだったのだが、、。

 私も入門当時、父に質問した。「なんで右利きの者が、左手で巻かんならんのや。」
 父の答えは明解だった。「アホか。右手はサオを持たんならんやないか。利き腕でサオを持っとらなんだら、大きいグレは全部バラしてしまうわ。」 そして、その持ち方一つにしても、グレが釣れたときは、「サオじりを肘から放さなあかん。」と宣う。「サオじりを肘や腰に固定したら、グレの急襲に対してハリスが切れやすい。」 だから、腕力のある人は右手で握っただけで対応するのが理想的。それが不可能なときは、サオを倒した方向によって、左腕はリールから30aほどのところでサオを軽く支える事でカバーするのがコツだという。

 木ゴマの巻き方にしてもコツがある。ただギリギリ巻き取るとグレはここを先途とばかり反抗する。グレを寄せるのはリールを巻くのではなく、サオを立てる事で寄せる。サオが充分立ったら、思い切って前に倒す。間髪を入れず、木ゴマのフチを叩いて糸フケを巻き取る。この動作を繰り返すことによって、グレは虚を突かれた感じで、案外簡単に手元に寄ってくる。この間の主役は、サオでもない、木ゴマでもなく、「右腕」主導でなくては勤まらないと教えられた。

 しばらくして、スピニング・リールが世に出た。木ゴマは徐々に姿を消した。いまでこそ、スピニング・リールのほとんどは「左右共用」だが、初期にはどういうワケか右手巻き専用が多かった。阿波釣法に相反するこの現象について、あるメーカーの営業部長に聞いてみた。答えはこうだ。「そんなに小難しく考えていません。メーカーは、お客が買ってくれるものを売ってるだけです。」
 徳島のように、釣法が確立している地域はいいとして、そうでないところでは、「リールは右手で巻くのが当然」のような印象を与えてしまう。この点、外国のメーカーは親切だ。包装の箱に「FOR RIGHT HANDED」(右利き用)とかいてあるリールは、全部左手巻きなのだ。

 ちなみに、阿波釣法では、左手に科されたもう一つの重大使命があった。それは、一日三升という生きエビを、バラバラと少量ずつ、絶えずポイントへ撒き続けることだ。「サオを持った右手より、エサを撒く左手の方がしんどいくらいでないと、グレは釣れん。」とよく言い聞かされたものだ。(だがそれとて、今は生きエビから沖アミに変わって、撒く量も、撒き方も変わってしまったが、、、)