報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年10月05日
思いがけない話
イランとイラクが戦っている。今をときめく金持ち同士が、何で喧嘩をせなならんのか、不勉強な私などにはワケのわからない話である。
しかし、世bの中には全くワケのわからぬ話がないとはいい切れない。ごく最近、こんなことがあった。
ーそれはもう、開いた口がふさがらないほどあきれかえってしまった。
「高橋さん。こんな話があるのん知ってまっか」とOさんが真剣な面持ちで話し出したのだ。
「勝浦川のMオトリ屋が、カンカンになって怒ってまっせ。高橋はけしからんヤツやいうて」
「いや。そんなこと知りまへんで。一体、何事ですのん」
「朝6時に、福原大橋の下へオトリ鮎を5尾持ってこいいうてрェあって、わざわざ持って行ったのに、高橋はとうとう来よれへん、いうてましたで。
ほんまに、そんな殺生なことしましたんか」
これは身に覚えのないことだ。おそらくkだれかが私の名前をかたって電話したのだろう。おとり屋の身になってみれば、朝は早くから起こされるし、おとり鮎は殺してしまうし、となれば腹が立つのも当たり前だろう。ーかといって、罪も科(とが)もない私を責めるのもお門違いというものだ。電話で問い合わせがある度に、そのオトリ屋の名前と電話番号を教えている私は、感謝されてこそ当然なはずだ。にもかかわらず、恨みごとを並べられたのでは立つ瀬がない。
立つ瀬がない、と言えば、まだひどい話がある。
妻の叔母から電話があった。
「佐代子さん、お願いします。」
「ああ、佐代子は今日は海部川へアユ釣りに行ってますねん」
「何時頃帰りますやろ」
「たぶん、9時頃でっしゃろ」
「へえー。そんなに遅いの。朝はなんじに出かけましたんや」
「5時頃やと思いますけど」
「えっ。そんな朝早うから夜遅うまで重労働させたら、体に悪いやおまへんか」
瞬間、私はあっけにとられて返す言葉もなかった。
世間では、妻が度々釣りに出かける(それも私以外の男たちと)ことについて、
「そら、高橋さんの理解があるからや」という評価を下しており、私もそれに甘んじて不自由な留守居をしているのだ。妻もすきなればこそ、朝星夜星で釣りを楽しんでいるはずだ。
苦笑いしょうか、泣いてしまおか、怒ってしもたろかー。結局は黙殺したが、「小さいイラン、イラク戦争」の要因はどこにでも転がっているようだ。
(報知APG・高橋 康生)