報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和54年9月23日 虫の居どころ
釣りにでかける。魚を釣った時は、機嫌が悪かろうはずがない。問題は、魚が釣れないときだ。すばらしい景色を観賞して気を紛らすときもある。久しぶりにオゾンを胸一杯吸ったやないか、と諦めることもある。友人も釣れなかったのやから、と慰める人もいる。だが内心はあまり安定していない。何らかの作用が外から加われば、直ちに反作用を起こす要因をはらんでいるものだ。
SさんとKさんは二十年来の釣り友達だった。のんびりと釣りを楽しむことでも二人は有名で、釣れようが、釣れまいが、弥次喜多よろしくつき合っていた仲なのである。釣り人はダジャレが好きだ。ご多分にもれず二人も何かにつけて冗談を飛ばし合っていた。概して内容は、自分が最高の釣り名人であるとか、相手は自分の弟子であってしかるべきだ、といった他愛のないものだった。
ある時、この二人が牟岐大島のソエバエで並んでサオを出した。どういうわけか、この日はKさんは盛んにサオを曲げたのだが、Sさんには全くアタリがなかった。
午後になってやっとSさんのサオが大きく曲がった。ホットした表情のSさん。アレッという顔つきのKさん。
五分、十分。ややあって魚は水面に寝た。だが、グレとばかり思い込んでいたその大物は、何と三の字ハゲだったのだ。がっかりしたSさん。この時、Kさんがシタリ顔で叫んだ。
「なんや。ハゲがハゲ釣ったやないか」
Sさんはおつむがいささか薄くて、いつも気にしていたのだが、この時は、キッとKさんの方をにらみつけた。瞬間、気まずい空気が流れて両者無言。ーーー二人の永年の交際はこれで終止符を打ったー。
すごく仲のよい釣り友達が、フッツリ不仲になった例を私はほかにも知っている。やはり釣果のアンバランスの時が最も危険度が高い。表面的には、ポイントを全くゆづらなかっただの、自分だけよいエサを使っただの、ということになっているが、本心はすべて釣果次第で決まることだ。
自分が相手より優位に立てば、だれしも機嫌がよいのは当たり前。だが反対の場合、口にこそ出さなくても気分はよくないものだ。特にボウズの場合この現象は顕著で、虫の居どころは悪いはず。ここはひとつ相手の身にもなって、慰めこそすれ、あまり深く傷口を逆撫でしないことだ。
(報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと:友達は不仲になっても仕方がありませんが、夫婦はそうは行きませんゾ。