報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年5月25日
見知らぬ人からの贈り物
話はいささかスリラーめいてくる。
四、五日前、私は一通の封書を受け取った。差出人は、大阪市西区の、ある会社のOLらしき名前だが、一向に心当たりがない。なにか心ときめくものを感じて開封してみると、何と中身は私の手帳ではないか。
「昭和55年5月16日、金曜日、地下鉄、中央線にて、、(中略)後ろから2両目に落ちていましたので、送らせて頂きました。」とあった。
その日は、私が報知新聞社のアユの報告会に出席するために上阪した日だが、何とも不思議なことは、この手帳、実は昨年のものだったので、そのとき、地下鉄構内のクズかごに捨てたものだった。ーそれがなぜ、車両の中に落ちていたのか。
手帳の足取りは不可解だが、そんなことはどうだっていい。それをわざわざ切手代まで払って送ってくれた好意が何より嬉しいのだ。
よく似た話が、釣り人の間でもあった。ーTさんは道具使いの荒い人だ。ゼニ使いも荒い。釣具でもちょっと破損すると、すぐ新しいのと取り替える。そんなTさんのサオ袋のヒモが釣り場で切れた。もう少しで、高価なカーボンロッドを海へ落とし込むところだった。Tさんはやにわに中身を全部取り出して、そのサオ袋をイソの上へ放り出した。
翌日、Bさんがそのイソへ上がった。そこにはヒモが切れただけの、まだ新しいサオ袋があった。幸いクラブ名と名前が書いてあった。それを頼りに、Bさんは尋ね尋ねて、そのサオ袋をわざわざTさんのところまで届けたのである。もちろんBさんとTさんは一面識もない。Tさんは、新しいサオ袋を買っていたが、Bさんの心づくしに痛く感激して、そのサオ袋を修理して使っている。
こんなことはままあることだ。オ’ヘンリーの短編小説「賢者の贈り物」にも、貧しい夫婦がお互いに贈り物をする話がある。妻は、自慢の長い黒髪を切って、夫のために懐中時計の鎖を買う。夫もまた、祖父から伝わった懐中時計を売って、妻のために髪飾りを買う。ークリスマスの日、二人が同時に贈り物をしようとして味わったのは、何とも皮肉で物悲しい結末であった。だが、二人が得たものは、失ったもの以上だったわけだ。
Tさんが、捨てたサオ袋を大切に使っているように、私もわざわざ送ってくれた手帳を、貴重な善意の記念として長くて手元に保存しておこう。 (報知APG・高橋 康生)