報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年3月2日 二昔前の阿波のグレ釣り(5)
近代釣具への出発点
二昔前、つまり20年前というこの数字はかなり意義深いものがある。そのころを境に「阿波のグレ釣り」が大きく転換したのだ。
第一に、いわゆる第一次釣りブームが起こって、釣り人の数が急増し始めた。牟岐大島を例にとると、以前は平日20人、日曜50人、大会100人という線が限度だった。それが最近は平日150人、日曜250人。まさに隔世の感がある。釣り期もエスカレートした。20年前だと、グレ釣りは冬季と決まっており、せいぜい11月から1月いっぱい。今のように年がら年中、のべつ幕なしに出かけるようになったのは、たかだか15,6年前からのことである。
第二に、釣具が変わった。「阿波のグレ釣り」が始まったのは対象の明治の末期というのが古老達の定説になっているが、このとき登場した釣具は、「五三竹のサオ」「木ゴマ」「シブヤマ」「本テグス」「玉ウキ」「土佐バリ」「キンタマカゴ」「五段カゴ」などだった。これらは、40年に渡って型を変えずそのまま愛用されていたが、昭和24,5年に「ガラステグス」(ナイロンテグスの全身)が登場し、「本テグス」が姿を消したのを手始めに、次から次へと姿を変えていった。
「五三竹のサオ」はグラスロッドに、「木ゴマ」はリールに、「五段カゴ」はクーラーになった。もっとも、当初はグラスロッドや、リールは、阿波のグレ釣り師たちの猛烈な拒否反応にあった。登場したばかりのグラスロッドの調子が、五三竹の名調子に敵うはずがない。スピニングリールが、グレとのやりとりで、木ゴマのように自在に対応できるはずがない。・・・そんな不満がメーカーを刺激し、だんだんと改良が加えられ、現在の「カーボンロッド」や、「レバーブレーキ付きスピニングリール」が日の目を見た。ここまで来て、気むずかしヤノ阿波ッ子たちもやっと納得したわけだ。
「五段カゴ」はすんなりクーラーに移行した。これは、ちょうど時を同じくして、生きエビが冷凍エビに変わったからだ。このタイミングは何か因縁じみたものがある。
「土佐バリ」は、手打ちで、強くて、ハリ先が研げるというので人気があったが、今や100%機械製のものになった。「玉ウキ」は、改良に改良を重ねて現在の円錐ウキに到達した。「キンタマカゴ」だけは、エサの種類と、撒き方が変わったため、シャクとイソバケツに押し切られて姿を消した。
こう書いてみると、二昔前というエポックは、近代釣具への移行の出発点と見ることが出来るのである。(この項、つづく)
(報知APG・高橋 康生)
筆者より一言 徳島でだけの話かも知れませんが、ほとんどの釣具が近代化した中で、一つだけ、昔そのままに使われているアイテムがあります。それはオモリです。徳島では、阿波釣法が始まって以来、オモリは、散弾銃の弾でした。Bとか、3Bとかいうサイズ表示がそれを表しています。