報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和57年3月20 

ホリディ・イン・マウイ (2)
 
 翌日、マウイの空は晴れ渡っていた。観光案内には、クジラの博物館とか、ラハイナ散策とかの「おすすめ」コース」が載っていたが、私たち夫婦は、それらには目もくれずに釣り場散策に出かけることにした。
 ところが、ホテルのインフォメーションでは、釣りに付いての手がかりが全くつかめなかった。
 「釣り」といえば、「トローリング」というのが通念らしい。私たちの説明する「磯釣り」の概念は全くないようだ。だから釣り場が判らない。釣り場を知っている人を探すのも一苦労なのだ。

 「ままよ」とタクシーに乗り込んだ。ここのタクシーはワゴンが多い。運転手は30過ぎの女の人だった。
 マウイ島ではあまり日本語が通じない。で、「good morning!」 とやったら、「おはようございます。」と流ちょうな日本語が返ってきた。なんとこの人、純粋の日本人だった。こうなると話が早い。幸い、ご主人が釣り好きだという。
 「なんなら案内させましょうか」と好意的だ。好意に甘えてお願いすることにしたが、無線で連絡してみたら、子供を連れて教会へ行ったあとだという。

 道路は海岸沿いに走る。ところどころ立ち止まってはポイントを物色してみたが、平均して浅場が多い。
 ラハイナの町をすぎて、15,6分も車を走らせたところで、竿が二、三本立っているのが見えた。
 きれいな玉砂利の小さい海岸だったが、二人の釣り人が竿の横で坐ったまま竿先を見上げている。
 「ナニガツレルノ?」と聞いたら、「パピオ」と若い男の答えは明快だった。
 「エサハナニ?」と聞いたら、「イカ」という。

 「イカ?ソレニホンゴヤナイノ?」 「イエス。あー、はい」 「はい?あなた日本人ですか?」 「はい。そうです」 「えー。なんやそうなんか」
 ここから、急に親密度が加わった。マスサコと名乗った彼は、しかし、それを漢字で書くことができない。祖父の代からこの島で住んでいる三世だった。タクシーを下りて、仲間に入れて貰うことにした。

 「よく釣りに来るの?」
 「ウイークエンドにはたいていネ」
 「釣れる?」
 「釣れないね。でもずっと前には12`のパピオを釣ったヨ」 釣り人は、どこへ行ったも過去の栄光を口にするのが好きなようだ。

 ミスター・マスサコの竿は、玉砂利を積み上げて作った竿第二無造作に突っ込まれたままだ。釣り方は、日本流に言えば「投げ釣り」の部類。エサはイカの切り身とカツオの切り身を交互に使っている。小学校5年という甥のガルシャは、スピニング竿で磯際や波打ち際を探っているが、どうも釣れる気配はなさそうだ。
 ミスター・マスサコのすすめで、私たちも海岸のはずれにある地磯で竿を出すことにした。(つづく)      (報知APG・高橋 康生)


筆者からひとこと
 平成17年のマウイ島は、自然が極端に少なく、ありふれた観光の島になりつつありました。
私たち夫婦と、孫娘の三人連れは、釣りを諦めて「ホエール・ウオッチング」に出かけました。