報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和57年3月14日
ホリディ・イン・マウイ (1)
ホノルル空港から25分。マウイ島のカフルイ空港に降り立った私たち夫婦は、まずその美しさに魅せられてしまった。
香川県と同じ面積というこの島の人口はわずか6万3千人。ひょうたん形になっている島の東側には、標高3050bのハレヤカラ休火山が威容を誇り、西側には1760bのプウククイ山。長く尾をひいた裾野は、見渡す限りの砂糖きび畑。台風もなく、地震もなく、野や山はいつも緑。その間に数え切れないくらい種類の多い花が咲き誇る。文字通り「この世の楽園」といった感じだった。
カアナパリのホテルの窓から見下ろすと、澄み切った海岸の端に突堤らしきものが見える。それに釣り人の姿も二、三認められた。こうなると食指が動く。日本から持参した磯の上物竿を持って、早速仲間入りすることにした。エサはホテルの近所のスーパーで買い求めた食料用のムキエビ。
先客は二人とも白人だった。「何が釣れますか?」と聞いたら、まず人なつっこい笑顔が返ってきた。手にはフライロッドを握っていた。こんな仕掛けで何が釣れるのだろうか?
「何が釣れるかって?」 頬に傷跡のあるヒゲの男が口をきいた。「そら、僕にもわからんヨ。ただ、時間つぶしにやっているだけよ。でも、僕の友達は10`もあるパピオ(ヒラアジ)を釣ったぜ。」
「いつ?」
「えーと。あれは2週間ほど前かな」
とにかくのんびりしているのである。男はうまずたゆまずフライロッドを振っている。もう一人は、手からビールの缶を放さない。
その横で私たちも磯竿を振り込んだ。不破らしく潮通しがよい。沖へ沖へと引っ張られるようにウキがはしる。だが、アタリがない。エサは時々なくなるのだが、ウキは沈まない。ハリスを1.5号にして、小さいウキに変えてみたがやっぱり同じことだ。投げてもダメ。誘ってみてもダメ。
夕方になって風邪が強くなった。カアナパリの山に雨雲がかかってきた。すぐそばのゴルフ場の人たちもどうやら帰り支度に余念がない。私たちも諦めて竿を納めることにした。
二人の男はまだ竿を振っている。
「アタリはあったかね?」
男はそれには答えず、ニヤリと笑って、「ハワイのビッグアイランド(ハワイ島)には、富士山より高い山が二つもあるんだぜ」
ひとしきりお国自慢をしたあと、「さあ、夕飯にするか」とリールを巻きはじめた。
獲物をアテにしなかったら、そして釣果を競わなかったら、釣りというゲームは実にのんびりと楽しめるものだ。(つづく)
(報知APG・高橋 康生)
筆者からひとこと: 上は、昭和57年の話。あれから23年経った昨年(平成17年)2月、私たち夫婦は結婚50周年を迎えて再びマウイ島へ金婚旅行に出かけた。今度は、19歳の孫娘を連れての旅だ。前回は、63000人だったこの島の人口は、すでに10万を超え、見渡す限りの砂糖きび畑は、見渡す限りの家また家。砂糖きび畑は、ごくごく一部に限られ、以前は「田舎町」という感じだったラハイナは、観光客でごった返していた。「この世の楽園」の行く末が案じられた旅だった。