報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和56年4月25 

八丈島(4)  素朴と誠実がすべて(八丈の人たち)


 最終日の観光は半日で終わった。景色のすばらしさは超一級だが、島自体が小豆島の半分くらいの大きさでしかない。それに、観光シーズンとしてはオフにあたり、施設や売店は閉じたところが多かった。残念だったのは、八丈の「目玉商品」といもいえるフリージアのお花畑がまだオープンしていなかったことだ。昨年は3月15日からだったのに、今年は冷害で遅れているのだという。

 私達がここへやってきた16日などは、「これが黒潮の彼方の島か」と思われるほど寒かった。風も強く、波も高く、八丈の自然は私達の期待を裏切ったが、八丈の人たちは本当に親切だった。

 まず、釣具店「もろこや」のご主人。エサの世話、地磯への案内、渡船の心配、民宿の斡旋。これらの雑用を身一つで引き受けてやっているのだ。「八丈の武田鉄矢」と私達が呼んでいる彼は、本名高橋洋介。九州出身で東京のさる大学の釣り部で活躍中、八丈の魅力にとりつかれ、そのまま居ついてしまったという変わり種。釣りに行きたさに釣具店を始めたら、釣りに行けなくなったとこぼす。
 その人の良さ、欲のなさは傍目にも気の毒なほど。業務を合理化するとか、犠牲の範囲を少なししてもっと睡眠時間を取らないと。健康を害してしまったら元も子もないではないか。こんな思いは、彼を知る人たちの共通した願いだろう。

 私達が案内されたのは、三根の重千代荘という民宿だった。粋な名前だなと思っておばさんに由来をきいたら、これがまた、ご主人の名前だという。
 おばさんは、ポッチャリ型のおっとりしたお人柄。昼過ぎから、夕食の準備に余念がない。
 「釣り客のおかげでネ、シーズンオフがなくなったですヨ」と、語尾をちょっと上げる八丈独特のイントーネーションで話しかける。

 とはいえ、苦労はあるはずだ。第一、エサや魚の臭い汁が、下水のない場所へ流れ込んだらどういう結果になるか。それでもイヤな顔一つせずに掃除に勤しんでいるのだ。ここで4日間お世話になったが、すっかり打ち解けてしまった。
 最終日、島内観光に連れて行ってもらったタクシーの運転手さんもいい人だった。この人、無類の釣り好きで、観光中はガイドよりも、釣りの話ばかり。

 ともあれ、島の人たちとのお付き合いは、「素朴」と、「誠実」以外の何ものでもなかった感じだ。釣りの方も、天気が良くて八丈小島へ渡りさえしたら、満足の行く釣りは保証されたようなものだ。ただ、6月からジェット機が就航するという。釣り客が急増すれば、今の状態がいつまで保たれるだろうかとちょっと気がかりになった。                 (報知APG・高橋 康生)

筆者からひとこと
: 最初の日の「くさや」の臭さ。最期の日の「くさや」の旨さ。東の「くさや」、西の「フナ寿司」。まさに両横綱でんなぁ。