報知新聞/平成2年3月29日(木)
はじめに
ニュージーランドも回を重ねて5回目の釣行となりました。さて、資料を編集中、またまたハタと困りました。新聞記事の写真どころか、初回(1)の記事そのものを紛失していたのです。幸い、第2回以後は最後までチャンと残っていました。
そこで、今回の悪知恵は、何とか残っていた手帳のメモを頼りに、書き直すことにしました。しかし、この悪知恵は前回の悪知恵とは違って、手間が掛かります。それに15年前の記憶を辿るのはかなり困難な年にもなっています。
そう言いながらも、メモや写真を手がかりに、過去へタイムスリップするという作業は、何かわくわくするものを感じます。第一、そのときの自分の写真。いかにも若い。「私の人生の黄金時代」を探索するような幸せな気分に浸りながら作業が進みます。「よくぞ、紛失してくれたもの」などと考えるのは、決して負け惜しみではありません。
どじヴェンチャー・ニュージーランド ’90(1)
第5回目のニュージーランド釣行は、平成2年2月21日から、3月7日までの半月間。同行は、私たち夫婦と、おなじみの佐中さん(徳島市)、鈴木さん(豊中市)、それに新しく万代さん(高知市)が加わっての総勢5人。
2月21日(水)、大阪空港(まだ関空はなかったのです)を午後4時に出発、午後5時に成田着。(こんな不便なことをしていたのです。)午後7時に成田発。途中、フィジー島のナンディへ立ち寄って、ニュージーランド・オークランド着は翌22日の正午でした。時差は、4時間しかありませんが、この距離の遠さはヨーロッパへ行くのとそんなに変わりません。
オークランド空港へは、ローリーさんがお出迎え。レンタカーの手続きもすべて完了していました。今年は、トヨタのハイエース8人乗りです。今回のコースは、北島の中東部、ネイピアや、ギズボン周辺の観光と釣りを楽しみ、後半は、昨年の夢の島、メイヤー島を目指す予定でした。で、早速国道を南下するのですが、オークランド市内の行程が煩雑なので、ローリーさんはわざわざ高速の入り口まで送ってくださったのです。とにかくこの人の親切は、念が入っています。この人に出会わなかったら、私のニュージーランド釣行は、たぶん実現していなかったと思います。
オークランドからネイピアまでは、北島の中部の山中を縦断する450`の行程ですが、対向車は数えるほどしかありません。でも時々交通渋滞は起こります。それは車ではなく、羊や牛の大軍団との遭遇です。別に、あわてる風でもなく、悪びれる風でもない。ただのんびりと時間が過ぎ去るのに合わせるだけ。こんな体験もいいものです。途中、有名なタウポ湖に立ち寄り、終点のネイピアに着いたのは6時間後の午後8時でした。予約してあったのはスノー・グースというモテルでしたが、また、そのモテルのきれいなこと。「窓が開いている」と思うくらいガラスがきれいに磨かれているのです。ベッドも、風呂も、洗面所もピッカピカ。愛想もいいし、料金も安い。(3人部屋でなんと一晩106j:9000円)

翌23日は、人口4.5万人のネイピア観光。観光バスで、いろいろなところを見て回りましたが、とにかく自然がいっぱい。ネイピア公園の池には、無数のアヒルがたむろしていましたし、カツオ鳥の保護区には、1000つがいとも言われる鳥の鳴き声でやかましいことこの上ありません。ワイン工場では、おいしいワインの試飲。でも、1931年、この周辺で地震が起こり、津波に襲われたという記録もありました。でも、そのおかげで3000fという土地が隆起したと言いますから、なにが幸せになるやら。気候は温暖。ニュージーランドのリビエラなどとも言われているそうです。
とにかく、旅の疲れを癒すにはうってつけのネーピアで、一日ゆったりと過ごし、翌日は、魚も釣れるギズボンに向かうことにしました。
(報知APG・高橋 康生)

写真:ワイン工場のおじさん 「私は、日本へ二度行った。」
私 「私たちは、5度目やけど。」
おじさん 「参った。」