魚心:昭和54年6月10日 「フンドシとバタフライ」

 徳島のグレ、チヌのウキ釣りが始まったのは、明治末期とも、大正初期とも言われている。いずれにせよ、私の父がグレ釣りを始めた昭和の初期には、すでに県南のイソ釣り場には、克明にイソの名がついていたそうだ。
 そのパターンは大ざっぱに分けて四つある。@位置づけ、A形、B人名、Cその他。古くからグレ釣りのメッカとして親しまれてきた牟岐大島を例にとると、「一番」、「二番」、「沖のハエ」、「オハナ」などが@にあたる。見たものズバリで、「象の鼻」、「屋形」、「潜航艇」、「ノコギリ」などがAの部類だ。その昔、大釣りした名人達の名前を冠したのがB。「木村」、「粟林」、「谷はん」、「高橋」(私の父)などがそれだが、今はすでにほとんど故人になってしまった。Cにはいろいろ起源があって面白い。「ジョウギ」は一見、三角定規のような形をしているのでそう呼ぶものと思っていたら、実は波に弱いため、波しぶきがまるで蒸気のように舞い上がるところからきたものだそうだ。つまり、「ジョウギ」ではなく、「ジョウキ」が真説だと言う向きもいた。大島港内の「コト」は、お琴のような格好をしているからではなく、釣っていると何かの拍子に、「コトッ」と音がするからだそうだ。「ジイ」と「バア」も特異なイソで、隣り合わせにいるこの二つのイソは、潮の取り具合から、一方が釣れたら、他方は釣れないという現象がよく起こる。年甲斐もなく、ヤキモチを焼き合っている老夫婦のようだというユーモラスなものだ。
 

 Cのパターンに属するものに「フンドシ」がある。大島港の入り口右側にあるこのイソは、比較的波に弱いので、ふんどしまで濡れた人が多いからだと思っている人が多いようだが、さにあらず。実は港内の奥にある巨大な男性のシンボル「珍宝岩」を隠すようなところに位置しているから、と言うのが正解だ。
 何の因縁かはしらないが、この珍宝岩の後にある小山の裏側に、女性のシンボル「オチャ○ポ岩」がある。面白いのはそれだけではない。このすぐ前方に、ーーある角度から見ると、チラッとそれを隠すように、一つのイソがある。最近のことだが、誰言うとなく、そのイソを「バタフライ」と呼び始めた。「フンドシ」の由来を知っている者なら、思わずワライがこみ上げてくるような名前だが、これが「腰巻き」とか、「ズロース」などにならなかったところに今昔の隔たりを感じる。「フンドシ」だって、もし現在命名されるとしたら、「パンツ」とか、「ブリーフ」とかになったかも知れない。
 一見、何でもないようなイソの呼び名も、実は歴史の一コマ一コマを忠実に伝える語り部のような役目をしてくれているようで興味深い。

筆者から一言:今ならさしずめ、フンドシは「トランクス」、バタフライは「Tバッグ」でありましょうか。