報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和54年10月28日 福村磯今昔

 「福村のチヌ釣りも随分変わったもんじゃ」と、Kさんはつぶやいた。福村磯は、ご存じ、徳島を代表するチヌ釣りのメッカ。その福村磯へ20年来通い続けてきたKさんにとって、それは心の底から出た感慨なのである。同期の桜である私はKさんの言わんとすることが痛いほど判った。 まず第一に、チヌのポイントが変わってしまった。昔はチヌ釣りといえば、チヌだけが対象魚だった。ときとしてアジやボラが回ることもあったが、今のようにオセンやウマヅラなどのいわゆるエサ取りは全く姿を見せなかった。だから、釣り人は沖向きの潮取りのよいポイントで、心おきなくチヌと対決できた。
 生きエビのエサをまいて潮流に乗せ、20〜30bも沖へ流していたら、そこでウキが引いた。ガッガッと竿に伝わる確かな手応え。それを細いハリス(06〜08号)で手元まで引き寄せるスリル。チヌ釣りならではの、醍醐味である。
 それが、このごろではものの5bもながれないうちに、いや、5秒とたたないいちにエサ取りにやられてしまう。
 ポイントを変えてしまった要因はまだある。網漁によるらんかくだ。夜間、いわゆる「タタキ漁法」という違反漁法でイソ際を叩いて回る。当然、チヌは安全な場所を求めて、奥まった、裏向きのポイントへ逃げ込んでしまう。しかも深場を敬遠して、網の入らないシモリイソの多い浅場へ姿を隠す。
 かっての名イソだった高飛び、低飛び、二階、上総などは、最近、うわさにも上らなくなってしまった。代わって脚光を浴びているのが、栄作の裏とか、大東の裏とか、赤岩の裏、タカタ、シロイワなど。昔なら見向きもしなかったポイントや、イソ地図にさえ載っていなかったポイントが日の当たる場所へのりだしているから世の中はわからないものだ。
 変わったものの二つ目は、チヌの釣り方だ。昔は仁丹シズの2号1個 、ハリス06号、極軟調のサオで釣っていたものだが、最近は何倍もあるような重いオモリ、1号のハリス、かなり硬調子のサオでわたり合うようになった。那賀川の慢性的な汚濁のため、細いハリスを使う必要がなくなってしまったのだ。「チヌ釣りは繊細」というイメージはこわれてしまった。
 第三。チヌの絶対数が減ってしまった。反面、釣り人の数が急増した。
 第四に、福村磯独特の抽選によるイソ決め風景がなくなった。
 最後に、9月から12月までと限られていた季がなくなってしまった。これらの変化は、とりもなおさず世相の変遷の反映にほかならないが、この先いったいどうなって行くかを思えば、いちまつの不安を禁じ得ない。それでも伝統とは恐ろしいもので、県外の釣り場と較べるとまだまだ一人一ポイント制などのルールや、独特の釣り方が昔の面影を残し、釣り人も当然のようにそれを守っているのは嬉しいことだ。

 (報知APG・高橋 康生)

筆者からひとこと: この「魚心」の原稿から25年後の現在、心配した通り、ここ2,3年の福村磯のチヌは危機に瀕しています。私でさえ、長らくイソへ上がっていません。昨年度などは、チヌに変わってアジの良型が主役の座を独占するという異変が起こりました。また、チヌよりもむしろ、グレの数が多くなったのも皮肉な現象です。