報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年12月28 

英国人エドさん

 「あれっ、トラブルでっか」
 「いや、もう止めたんや」
 「止めたって?まだ終わりまで1時間もありまっせぇ」
 「知ってるがな。もう見切ったんや。大きいグレが釣れへんがなぁ!」
 −通称エドさんこと、英人ノーマン・エドワーズさんは、こう言ってそそくさとサオをたたんでしまった。
 昼寝でもするのかと思ったらそうでもない。タバコも吸わない彼は、ただ静かに、私のうしろで周囲の景色に見とれている体だ。

 この日(21日)私達徳島つろう会の大会にオープン参加したエドさんは、夜通し運転して愛媛県深浦のイソでグレを釣った。あいにく強風のため、有名イソへ上がれなくて、高崎ハナの奥まったポイントへ上がった。グレのアタリはあるが、ここのグレはいかにも小さかった。20a以下は「かわいそう」と言って放流してやったが、大きい物でも25a止まり。朝からさかんに、「ザ・ビッグ・ワン」を釣りたがっていたエドさんは、ついにあきらめてしまったのだろう。クーラーの中にコッパグレが50尾ほどたまったところで、ギブアップしたわけだ。

 サウジアラビアのアラムコというアメリカ系石油会社で働いている彼が、毎年1か月の休暇を利用して徳島へ帰郷(?)するようになって3回目になる。一口に「アラビアから」というが、考えてみればこれは大変なことだ。一年中雨の降らないサウジでの生活は無味乾燥。酒はご法度、女は顔を隠している。男たちは喧噪で成金趣味。だが税金は不要。ガソリンは満タンにしても600円くらい。1年働けば、何百万もの貯金と、k1か月もの休暇がある。待ちこがれたようにエドさんは徳島へ帰る。理由を聞いたら、彼は即座に「徳島の風景と人情が好きなんだ」という。そして「第二に徳島での釣りが楽しみなんだ」とつけ加える。「英国のセントヘレンは私が生まれた場所。でも徳島は私の選んだ場所」と言い切る。

 1年間まちあぐねた上、地球を半周りして楽しみに来るだけに、釣りとなると熱心そのもの。私が昼寝をしていても絶対付き合わない。心底、日本が、徳島が、釣りが好きなのだろう。だが、日本の法務省は学歴不足の理由で彼の帰化を許さない。グレ釣りではキッパリと見切りをつけるエドさんも、日本で住みたい、日本人と結婚したい、日本で釣りを楽しみたいということに関しては、ちょっとやそっとで見切りをつけるそぶりがない。

 「日本から離れるときが一番苦しい。また来年釣りに帰って来るよ」
 背中に一抹のさびしさを込めて今年も彼は去っていった。        
               (報知APG・高橋 康生)


筆者からひとこと
: 
その後、エドさんは、タイの大学に就職。タイの婦人と結婚もしました。やっぱり、魚より奥さんの方が良かったのか、10年ほど前から、徳島詣りはプッツリと途絶えてしまいました。