報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和55年6月1日
大先輩の釣り人生に学ぶ
今年の報知新聞社主催・アユ報告会の日、お元気な亀山素光先生とお会いできた。この催しの基礎作りをされたのもほかならぬ先生である。87歳になられたとのことだが、かくしゃくたるもの。一枚の色紙にすらすらと、達筆の書を下さった。
それは、「初めは魚を釣り、次第に自然や、名所旧跡や、人間風習なども釣り上げ、時には芸術、哲学、宗教などの畑をものぞいては人生観を深め、やがて健康を土産とし、ついに人の和をも釣る」とあった。
釣り一筋を歩まれた先生の長い人生の集約と見て、なかなか味わい深いものがあった。
どういうものか、未熟な私に特に目をかけて下さるご老体が神戸にもいらっしゃる。暑いにつけ、寒いにつけ、巻紙に墨筆でなにかとお便りを頂戴するのだ。それは釣り談義が主だが、時には新製品の批評から、釣り人のあり方にまで及ぶこともある。
清水清氏がその人で、「上から呼んでも下から呼んでも同じです。」というのが口癖だった。
最近のお便りの中に、ずいぶん古めかしい新聞のスクラップが同封されてあった。所々に傍線がほどこされていたが、その中のひとつに
『釣り師根性が端的に出てくるのは、仲間が釣りから帰った来たときの会話だろう。
アメリカでは「楽しかったかい?」
スエーデンでは「天気はよかったかい?」
イギリスでは「河川の管理はどんな状態だった?」
日本の釣り人諸君の決まり文句は「どうだい、釣れたかい」。ひどいのになると「何匹釣れたか?」とくる。(米地嶺氏「わが釣り人生)』とあった。
亀山先生も清水氏も、釣り歴はずいぶん古い。おそらくお若い時には遮二無二釣られたことだろう。そんな軌跡を通ってきて、到達するところは、魚を釣るというこういよりも、魚の生息する大自然や、釣り人同士の人間関係などへの関心なのだろうか。
枯淡の息に達した人たちから受ける感銘は、いつものことながら大変含蓄の深いものだ。 (報知APG・高橋 康生)