報知新聞釣り欄「魚心」から:昭和56年3月15日
あわや大惨事?イソ釣り用品は常に纏めて
二月の男女群島の海難事故は、新聞やテレビで大々的に報道され、いまだに私達の脳裏に痛々しい記憶を残している。
もう一軒、2月に磯釣りの事故があった。この方は新聞にさえ載らなかったが、あわや大惨事に繋がる可能性を含んでいた。
「今、考えるだけで、身の毛がよだちます」と、そのとき居合わせたMさんたちは口をそろえて述懐する。経過のあらましはこうだった。
高知県はM岬でのこと。朝から不気味な放送を呈していた海は、予想通り、日が昇ると間もなく荒れ始めた。船頭さんが、慌てふためいて、大声で叫びながらやってきたのは、午前9時を少々過ぎた頃。
Aという小さいイソにいた6人をまず船に収容しようと近づいたが、イソの上は乱雑を極めていた。そのうちの二人は身繕いも敏捷に船に飛び乗ったが、あとの4人はのらりくらり。それもイソ慣れしていないとみえて、やっとの思いで船に乗ろうとした瞬間、一人がもんどり打って海へ落ち込んでしまった。船頭さんはますます動転するばかり。幸い先に船に乗っていた二人が苦労の末、この人を助け上げた。続いて、イソの上の三人も何とか船に乗せた。
船頭さんは、次のBイソへ向かって船を走らせたが、そのとき運悪く船が傾いてドッと浸水。船頭さんは必死で排水した。なんとか元に復した。ホッとした気配が全員の顔に甦った次の瞬間、なんと当の船頭さんが、疲れ切った面持ちでフラフラとうずくまってしまったのだ。−これがこの船頭さんの最期だった。
死因が心臓麻痺でだったかどうかは別として、驚いたのは「船頭のいない船」に残された6人だ。船はエンジンがかかったまま、あらぬ方向へ突っ走っている−。
とっさに誰かが、エンジンを切った。荒れている海の中で、エンジンを切ってしまうということは結果的には却って危険なのだが、この直後、幸運にもそばを漁船が通りかかって6人は救われた。
他のイソに上がっていた12人の釣り人も、この後別の船頭さんに収容してもらったのだが、なにしろ、一時間余りも遅れたその間、頭から何度も波をかぶりながら、一本の鉄棒にしがみついていた人も何人かいたという。
高校を卒業して、初めてイソ釣りを志したとき、「荷物はいつも纏めておけ。いつ船頭が怒鳴ってきても、すぐ船に乗り込めるようにしておけ」と口癖のように言っていた親父の顔がこの事故で鮮烈に甦った。 (報知APG・高橋 康生)
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