高橋釣具店:1938年(昭和13年)、徳島市幸町3丁目で産声をあげました。
第一代当主・高橋雅夫は、釣り好きが高じてこの商売を始めました。手先が器用で、
○高印のグレ竿、チヌ竿を製造・販売したのはいいのですが、牟岐大島へ通い続けました。
(今でも大島には、二つの「高橋バエ」があるのはその名残です。)商売はそこのけ。
留守は妻のミツエひとり。4人の子供を育てながらの商売はたいへんだったようです。
汲スかはし釣用品:戦後、現在の徳島市南内町2丁目へ引っ越しました。ところが、
昭和32年、雅夫は49歳の若さでこの世を去りました。原因は、酒、たばこ、過度の釣り。
典型的な関白亭主だったのです。死を察知していたのかどうか、その2年前、長男の康生に
嫁を取り、家業を手伝わしていました。これが第二代当主です。康生は、雅夫の釣り好きの血を
あまり引いていませんでした。むしろ、文学少女的だった妻・ミツエの血が多かったようです。
釣りは二の次でしたが、商売には熱中しました。昭和45年2月には、汲スかはし釣用品と店名を変え、
現在に至っています。その間、報知新聞や、釣りサンデー、廣済堂出版などを通じて、「阿波釣法」
を広く全国に紹介。釣りのおかげで76歳になった現在も元気いっぱい。店の二階の日当たりのいい
事務室で、のんびり実務をとっています。ひとつ特筆すべきは、妻の佐代子(74歳)が、手の付けられ
ないほどの釣り好きで、磯のグレ、清流のアユ、渓流のアメゴ、船のイサギなど、ほとんど年中無休で
四季の釣りにいそしんでいます。三度に一度は、康生も同行させて貰って(?)います。
高橋 秀典が第三代当主です:秀典は、現在51歳の働き盛りです。徳島商業高校を卒業して
以来33年。今では、店の大黒柱として頑張っています。こちらは、母親(佐代子)の血を引いてか(?)、
大の釣り好き。腕も確かです。情報源も豊かですし、釣具にも精通しています。仕掛け作りも好きですので、
そんな特徴を店頭で活かしています。仕事の傍ら、県釣連の報道部員として、新聞、雑誌、ラジオなどの
報道活動にも精出しています。嫁の美子も、そのうち釣道に邁進すると思います。
全国区名人様御用達:店頭が賑わうには、もうひとつ大きい理由があります。それは、山元八郎様、
小里哲也様、立石宗之様、江頭弘則様などの、全国的に名を馳せている名人たちがしょっちゅう
立ち寄って下さるのです。また、山元八郎様が会長をされている徳島つろう会の事務局や、各名人を中心に
集まるクラブのお世話もさせて頂いています。ですから店頭は、「釣具販売の場」というよりは、
「釣り人の社交場」のような雰囲気を持っています。